「変な帽子だよな、あいつ。踏みつけてやりたいね……まだ頭の上に乗っかっているうちに踏みつけてやりたいね」
僕の隣でジャイロがこぼす。彼がどうもマウンテン・ティムに突っかかるのは、賭けの人気が自分よりも高いせいなのか、1stステージで目立った活躍もなかったのにいつの間にか上位に食い込んできていたせいなのか。あるいは、イースト・アンド・ウェスト・トリビューン紙に掲載されたレース優勝候補者の紹介記事で、ティムが「イケメン」と評されていたせいかもしれない。確かに、ハンサムなひとだとは思うけれど。
理由がなんにしろ、かぶっている帽子にまで難癖つけてニヤニヤしているジャイロの姿は、初めて会ったときよりもずいぶん砕けた印象を受ける。
外国人らしく、流暢ではあるが僅かにくせの抜けきらない英語を話し――特にRの発音の仕方が特徴的だ――、背中の中ほどまで流れるハシバミ色の髪をまとめもせず、同じ色の瞳で不敵にこちらを見おろす長身の男。唇を開くたびにきらきら光る、文字の入った金歯には本当にぎょっとさせられた。
第一印象は、いいものだったとは決して言えない。威圧的で、紳士的というにはほど遠くて、奇妙で……親しく付き合うことはできそうにない男だ、と思ったものだが。
ジャイロはよほど彼の事が気になるのか、眩しそうに目を細めながらまだティムのほうを見ている。その横顔を何となく眺めながら、僕はふと、気になっていたことを口に出した。
「ティムの帽子を変だって言うけどさ、君のそれも相当なもんだと思うぜ」
「ああ?」
形のいい眉をを惜しげもなく歪めながらジャイロがこっちを向く。これでもかというくらい素直な反応に思わず口元が笑ってしまう。自分では気付いてないんだろうな。
「つばにそんなに穴の開いたデザインじゃあ、眩しくて仕方ないだろう? さっきもすごい顔でティムのほうを見てた」
ジャイロは一瞬だけきょとんとした表情を見せたが、すぐにその口角をぎゅっと上げ、きれいに並んだ金歯を見せて自信たっぷりな笑顔を作る。
「オレのこれはいいんだよ、これは」
「どうしてさ?」
「オレのほうがあいつよりいい男だからな」
だから、何を身につけても似合うからいいんだ、と。
まるで小学生みたいな言い草に、僕は耐え切れなくなって噴き出してしまった。
「なっ、なんだよお前そのリアクションはよ!」
慌てた声音でジャイロが抗議するが、いったん始まった笑いの発作はそう簡単におさまるものではない。僕はなかば必死で笑い声を殺すが、肩の震えまではどうしようもなく、途切れ途切れに謝罪の言葉を述べる。誠意が見えないこと甚だしいだろうが、この際それは容赦してもらおう。
「あはは……悪い、マジで悪かった、謝るよ。……いや、でもさあ」
「今度はなんだよ?」
「案外ガキっぽいんだな、君って――あ、そんな顔すんなよ、褒め言葉だって。付き合いやすいってこと」
今度こそ本当に機嫌を損ねてしまったようで、ジャイロは「お前さんには言われたくねえ」とそっぽを向いてしまった。その様子にまた僕は、笑みを誘われてしまう。
ジャイロの「変な帽子」から強い陽光が入って、彼が動くたびにちらちらと顔の上をすべり、時折瞳や睫毛を透かして微妙な色合いを見せる。不思議に美しいその色を見ると、彼の帽子も確かに、一概にバカにできないかな、と思う。
そんなことを考えながら、僕はジャイロをなだめにかかった。これから長いレースを一緒に走るんだから、仲たがいなんてしていられない。
まったく、第一印象は当てにならないものだな、と実感する。
この男とは、うまくやっていけそうだ。
所要時間:約2時間
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