(→15「宝物」の続き)
第三ステージゴール後、湖に飛び込んだジャイロは、着替えるためにレース参加者待機用に設けられた宿へ向かった。
「畜生、この服が乾くまで、しばらく別の服だな」などとジャイロが悪態をつきながらジョニィと歩いていると、一人の女性が近づいてきた。決して地味とは言えない服に、塗りたくった濃い化粧の出で立ちは、女性の職業を察するに有り余った。
「ねえお兄さん、そんなにずぶ濡れじゃ、どうせシャワー浴びるんでしょ? 記念にどう?」
一体何の記念なんだろう、と幾分冷めた目で女性を見つめていたジョニィは、ジャイロの採った行動に驚いた。ジャイロは女性に近づくと、耳打ちで何やら話しかけたのである。怪訝な顔をしながら「ただじゃ嫌だよ」と言い放つ女性をなだめすかすように、ジャイロが「もちろん。金はあるんだ、見合った分は払うよ」と言うではないか! 女性は「じゃあ、すぐにあんたの部屋へ行くから」と言って、どこかへ行ってしまった。
予想だにしない展開についていけないジョニィは、ジャイロがシャワーを浴びるために入った部屋の前の廊下に座っていた。そこへ先ほどの女性がやってきた。女性はジョニィの存在でジャイロの部屋を理解したらしく、ためらいなくジャイロの部屋へ入っていった。
信じられない現実を前に、ジョニィはまるで舞台のお芝居を観ているようだ、と感じた。あのお堅そうなジャイロがねえ……。少年を救うために参加しているレースでねえ……。そこはかとなく初心者そうなのにねえ……。何もあんなけばい人とでなくてもいいような気もするのにねえ……。ゴール前で僕の言ったことがきつかったからかな……。ジョニィはそんなことをぐるぐる考えていた。
女性が部屋へ入って出てくるまで、どれだけの時間が経ったのか。時間の概念も、今のジョニィにはわからなかった。が、部屋から出てきた女性は少々憤慨しており、「ちゃんと説明してるのに、下手くそ!」と吐き捨てるようにつぶやいて、去っていった。ああ、そうなんだ。ジャイロって下手くそなんだ。女性の後ろ姿を見ながら、ジョニィはそんなことを思った。
女性が去っても、ジャイロはなかなか部屋から出てこなかった。ジャイロが女なんじゃあないんだから、いくら何でも何してるんだ? と疑問に思ったジョニィが、レースに戻りたい一心で部屋に入ると、ジャイロの絶叫が耳に飛び込んできた。
「まだいいって言ってないのに、なんで入ってくるんだよ!!」
ジョニィがそこで見た光景たるや、ジョニィの体中の力を全て抜き去るのに、難くなかった。化粧道具を手にしたジャイロ。ペンキ塗りの最中にペンキのついた手で触ってしまった感じで、ジャイロの頬にはおしろいか何かがついている。いやもしかしたら、自分を練習台にしたのかもしれない。
部屋の奥にははたして、ジャイロの右目のスタンド像が鎮座していた。しかし耳のあたりにリボンがついていたり、口の辺りには幼児がクレヨンで描いたように口紅が塗ってあったりした。現場をよく見なくとも、ジャイロが自分のスタンド像に化粧を施していたことが、容易に理解できる。
今まで自分が想像していたのとは、全然別の事柄から繰り広げられていたことを悟りつつあるジョニィが、言葉を噛みしめながら尋ねた。
「な に し て ん の?」
バツが悪そうにジャイロは、全て自白した。
「服が乾くまで、時間があるだろ……。あの姐さん、ものすごく化粧濃かったじゃあないか。俺のは、おまえみたいに可愛くないんだよ。化粧したら、可愛くなるかもしれねえじゃあねーか。時間があるなら、その間に化粧できるだろ。だけど俺は、化粧品なんて持ってない。だからさっきの姐さんに少し分けてもらって、ついでにやり方を教えてもらったんだ!」
「そ。」
「でもなあ……俺の化粧が下手だからとかそんな理由じゃなくて、……可愛くないよなあ、俺のはよ……。」
物悲しげな表情で自分のスタンド像を見つめるジャイロを眺めながら、今本当に泣きたいのは望まない姿にされた右目のスタンド像だろう、とジョニィは思った。
〔所要時間:40分〕
|