野営の焚き火の炎を見つめながら、ティムは知らず知らずのうちに溜息をついていた。一目会っただけのあの幼い人妻の事を考えて。あの人と再び会える日は来るのだろうか。それ以前に、あの人がこれから先、自分の事を思い出す時はあるのだろうか。そしてまた溜息をつく。
「どうしたのティム、何か溜息ばかり。」
様子に目ざとく気付いたジョニィがすかさず突っ込んできた。
「にょほ、ほ。どうせブンブーンみたいな刺客がまたやって来たらどうしようか心配してるんだろーよ。」
全く検討はずれな事を言うジャイロに対し、ティムはちらっと彼を見るとニヤリとして言った。
「お前にはほぼ経験が無いだろう事を考えてるんだ、ジャイロ。つまり、女の事だ。」
「むっ!なんでテメーにそんな事言われなきゃいけ…」
「それで、誰の事を考えてるの?」
ジャイロの抗議はジョニィの質問に遮られた。ジャイロはぶつぶつ「経験ねーわけじゃねぇっ」とか「何でそんなことが分かるんだ」と呟いているが、ティムとジョニィは無視した。
「一回しか会ってないが、なぜだか知らないがとても心に残っている、凛とした美しい人だった。」
「どうしてすぐ口説かなかったんだよ。」
ジョニィはづけづけと訊いてくる。ティムは苦笑いして言った。
「その人は別の男の物なんだ。旦那もそこに居たしな。」
「おめぇ!それ不倫になるじゃねーか!汝姦淫するなかれって言葉聞いたことねーのか!」
「うるさいなぁ、もう、ジャイロは。そんなの神話の時代からよくある事じゃないか。古代の戯曲なんてほとんどそんな話ばっかりだろ。」
「………」
ジョニィにうっとうしそうに言われ、ジャイロは黙ってしまった。
「くっくっく。やっぱり経験値が低いトコは隠せねぇな。」
ティムに笑われ、ジャイロは怒り心頭になってしまった。
「てめえっ!誰のどこが経験値が低いんだっ!!」
「まぁまぁ、ジャイロ。」
「じゃ、今からジョニィを女に見立てて口説くとしたらどうする?おっと、口説いた事がねーってなら何も言う必要はないぜ。」
ジョニィは宥めるが、ティムはますますニヤリとしながらジャイロを煽った。要するにヒマなのだ。
「口説く?そんなの真摯に自分の気持ちを訴えてだなあ!」
「わーーー…ジャイロ…そんなこと、するんだ。」
笑うのは止そうと思いながら、ジョニィは爆笑寸前で声を震わせながら言った。ティムも肩を震わせ、顔を背けている。こちらも爆笑寸前だ。
「うるせーーっ!じゃーテメーは何て言うんだよ?!!」
ジャイロは癇癪を起こしそうな勢いでティムに怒鳴った。ティムはしれっと言った。
「別に言葉なんて必要無い。」
「はぁ?じゃあどうすんだよ?」
ティムはロープで岩陰の花をさっと摘むと、ジョニィにそのまま手渡す。
「うーん、ちょっとクサくない?」
ジョニィは辛口の評価を行い、ジャイロは「そら見たことか!」とティムを見る。するとティムはジョニィの足元で片膝を付き、ジョニィの右手を取って手の甲に軽く口づけた。
「いかがですか?レディ。」
そう言うティムに、ジョニィはちょっと赤面しつつ言った。
「今のはいいと思うよ。女の子はレディ扱いされると喜ぶからね。」
「はーっ?!なんでこんなクセーのがいいんだよ!」
ジャイロが文句を言おうとしたが、ジョニィとティムの二人は口々に言った。
「君のは暑苦しいよ。」「想いを語られてもうっとうしいだけだ」「そうそう、目も当てられないよ。」
二人の口撃に、ジャイロは苦虫を噛み潰したような顔をして、それでも女の子の喜ばせ方のヒントになるのではないかと最後まで聞いてしまうのであった。
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