あのDioと個人的な付き合いを始めるなんて、少し前までならば全く考えられないことだった。
彼は自信家で高圧的で人の話など聞きそうにもなく、その周囲には常に黒い噂が付き纏っていた。関わり合えば絶対に、ロクなことにはならない。それがジョニィ・ジョースターの見解だった。つまりはマイナスの感情しか抱いていなかった訳だが、それが今やすっかりプラスの方向に動いてしまっている。
取り巻く黒い噂の全てが真実というわけではないのを知った刹那、愛馬を見つめる彼の柔らかな眼差しを知った刹那、彼の抱いている飢えが気高いものだと知った刹那。積み重なる刹那を知る度に、ジョニィの中でマイナスの感情は溶けていった。
それを自覚してからは、Dioに近づこうと並ならぬ努力をした。人間関係でこんなにも努力をしたのは、生まれて初めてだったかも知れない。今までは黙っていても、勝手に女の子の方から寄って来ていた。そう言えば自分はその中から良く言えば我が強い、悪く言えばワガママな子ばかりチョイスしていた気がする。基本的にそういう子に弱いのかも知れない。我ながらちょっと損な癖だと思う。
ここで比較対象に女の子が出てくるのは、自分はDioとお友達になりたいのではないからだ。抱いているのは、恋愛感情。ハードルはエベレスト以上で、登る前は本当にクラクラした。
しかしながら、越えるまでは行かずとも、かなり上の方まで登ることは出来たと思う。Dioは相変わらず此方をジョースターと呼んできて素っ気ないけれど、会話を投げかければきちんと返してくれるし、屋敷に出入りする許可もくれたし、スキンシップをしても怒らなくなった。喜ばしい。
今日も昼過ぎにDioの屋敷を訪ねると、彼は分厚い本を隣にベッドで午睡をしていた。無防備な姿を見る機会はあまりないので、この機会にじっくりと網膜に焼き付けておこうと思う。
窓から差し込む太陽の光に透けて、髪は蜂蜜色に輝き今にも甘くとろけてしまいそうだった。睫は綺麗な曲線を描いていて、いつかはそれを悲しみ以外の雫で濡らしたいと思う。日に晒されているはずなのに、不思議と焼けない白い肌はとても綺麗だ。そして、微かに寝息の漏れるラインの美しい柔らかそうな唇。
親愛のしるしとして頬に口付けをしたことはあるが、愛情を孕む唇は未知なる領域だ。とても踏み込みたいが、どうやって踏み込んでいいものか分からない。口付けが叶わぬのならば、せめて指先でその唇に触れてみたいと願う。
気配に敏感なDioが珍しく目覚めない今は、チャンスかも知れない。息を殺して、そろそろと指先を伸ばす。爪先に彼の寝息が触れ、唇まであと数ミリ。
「君は人の寝込みを襲う教育を受けてきたのかい」
あともう少しというところで、Dioは目覚めてしまった。薄い瞼の向こうから現れた、青味のかかった緑の両眼がジョニィを睨む。寝起きも手伝って些か不機嫌な彼だったが、ジョニィは悪びれずにしれっと言った。
「そうかもね」
眠っている彼に触れようとしてこのセリフを言われるのは、何も今日が初めてではないのだ。今日は近づけた距離の最高新記録なので、次回こそはきっと触れられるだろう。余談だがここ最近で気配を消すのがぐっと上手くなったので、何かに生かしてみようかと本気で検討中だ。
それよりも今日屋敷を訪ねた理由は、どうしても話したいことがあったからだ。彼も目を覚ましたことだしと、ジョニィは早速意気揚々と話し始める。
「ねぇDio、今日は凄いことがあったんだ!!」
一人テンションを上げるジョニィを、Dioは非常に胡散臭そうな眼差しで見やる。黙らせようかと思ったが、ジョニィが自分の思い通りになった試しはなかった。面倒なので放置しておくことにし、背を向けてブランケットを頭から被る。
「Dio聞いてくれよ!本当に凄いんだ」
何が凄いのだか知らないが、どうせいつも通り取るに足らない内容なのだ。無視を決め込んでも、騒音の元は迷惑千万にもブランケットを引っぺがしてくる。黙るか、帰るかして欲しい。寧ろ、直ちに帰って欲しい。
「そうかい。それは良かった」
背を向けたまま気のない返事をして、犬でも追い払うように手をヒラヒラ動かすDio。まるで聞く気のない彼だったが、ジョニィは構わず話しを続けた。
何だかんだで結局は、聞いてくれているのだ。
Dioのそういうところも、ジョニィはとても気に入っている。
所要時間 2.5時間 |